沖縄戦跡の視察
2026-01-07 10:31:39

沖縄戦跡視察で戦争の教訓を再確認したパルシステム連合会

2025年のクリスマスの日、東京都新宿区を本部とするパルシステム連合会が、役職員19人を招集して沖縄の戦跡を訪れる取り組みが行われました。この訪問は、戦後80年という節目の年に、沖縄戦の歴史やその影響を深く学ぶ意味がありました。視察団は『平和・地域活動委員会』のメンバーを中心に構成され、沖縄県生協連の協力を受けて、歴史的に意義ある5つのスポットを回りました。

まず彼らが訪れたのは嘉手納基地の隣に位置する「道の駅かでな」。ここでは、高台に立つ展望台から滑走路や格納庫が見渡せる絶好のビューを楽しむとともに、学習展示室で地域の歴史を知ることができました。この基地は、毎日昼夜を問わず飛行機が離発着し、周囲の住民には騒音の影響が及んでいます。過去には、基地の戦闘機が小学校に墜落する事故もあり、その結果17名の児童が命を失いました。視察団は、そのような歴史的事故を振り返り、軍事活動の危険性について深く考えさせられました。

次に訪れたのは、沖縄戦の米軍上陸地点である渡具知公園です。ここで参加者は、水平線が艦船で埋め尽くされる様子を想像しながら、当時の戦況についての説明を受けました。54万人もの米軍が本島に上陸し、彼らに対抗する日本軍と地元住民が協力して、激しい戦闘が繰り広げられました。視察団は、この歴史を前に、平和の大切さを一層強く感じました。

次に訪れた辺野古基地建設予定地では、実際に進行中の埋め立て工事の様子を確認しました。前回の訪問時と比べて工事が進んでいることが感じ取れ、これから19年を要するという見込みも伝えられました。この計画にはサンゴや絶滅危惧種への影響が懸念されており、多様な生命が生息する海域にどのような影響を与えるか心配されています。

次に向かったのは、糸数アブチラガマです。この場所は、沖縄戦中に重傷を負った兵士や地元住民の避難所として利用されました。内部は鍾乳石によって区切られた空間となっており、その暗い洞窟での生活は非常に過酷であったと伝えらています。この場に立った参加者たちは、ボランティアガイドの話を通じて、戦争の恐ろしさと生き残るための人々の努力を知るのです。ガイドは、戦時中の人々の助け合う姿を伝え、命の尊さを忘れないように訴えました。

最後に、平和祈念公園を訪れました。戦争の記憶を保存するための資料館や、犠牲者の名が記された「平和の礎」が整備されており、参加者たちはその重要性を感じました。沖縄県生協連の東江専務理事は、自らの親族の名前が刻まれた碑を指差しながら、戦争によって失われた多くの命について語りました。彼は「刻まれた名は、時には家族全員が失われたために正確な呼び名を知らない者もいます。忘れられないよう、我々の手でその記憶を受け継いでいかなければなりません」と言います。

この視察は、戦争と平和に対する重い問いを投げかけ、参加者全員が深い思考と認識を新たにする貴重な機会となりました。戦後80年、沖縄の歴史を学ぶことで、未来への責任を果たしていく姿勢が求められています。これからも、このような経験を通じて、平和の大切さを伝え続けることが、私たちに課された使命であると言えるでしょう。


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